「笑うてるよりほかないやろ」

映画「北陸代理戦争」を観た。

1977年公開の深作欣二監督作品だが、この作品が深作欣二による実録やくざ映画の最後の作品であり、制作の過程で様々なトラブルがあったことでも有名である。

なにしろ主人公のモデルが公開直後に射殺されたのだから、トラブルというより事件といったほうがいい映画である。この映画の周辺事情は、伊藤彰彦による「映画の奈落」で詳しく知ることができる。

この「映画の奈落」でもこの映画の制作状況が触れられているが、近年のVシネマ以上に突貫工事で制作されたこの映画は、やはり歴史に残る傑作とは言い難い。

特にラストの北陸のやくざと関西のやくざをペテンにかける状況に無理があり、雪上の残酷ショーも、チンピラヤクザ(若き日の小林稔待ら)が虫けらのように殺されるので後味が悪いだけである。ただ中盤、主人公が喫茶店で襲撃され瀕死の重傷を負うシーンは迫力があり、さすが深作欣二といったところだが、やはり全体としては様々な点で破綻した作品であることは間違いない。

この作品の面白さは、作品そのもの以上に、関わった製作者やモデルとなった北陸のヤクザたちなど多くの人の運命を変えた点にあると思う。

残念ながら撮影中の大怪我で出演できなかった渡瀬恒彦は、その後、松本清張作品などで評価され、狂犬俳優から卒業し、晩年はお茶の間に親しまれる俳優となったのはご存じのとおりだが、主演の松方弘樹も、東映がこの作品をきっかけにヤクザ映画から事実上撤退したため、時代劇映画やテレビに活路を求める。監督の深作欣二も時代劇や「蒲田行進曲」のような人情喜劇で成功を収めるのだから、関わった多くの人たちにとって、図らずも大きな分岐点になった作品であるといえる。

この作品の脚本家であり、80年代には「鬼龍院花子の生涯」「極道の妻たち」で大成功をおさめた高田宏治や組長を射殺された川内組組員のその後は、「映画の奈落」に詳しい。やはり、多くの人の運命を変えた作品だったようだ。

1977年という時代はすでに80年代的な空気がはじまっており、東映的マッチョイズムが時代に合わなくなっていた時代だった。その後、東映スターウォーズに便乗してSF映画をつくったり、突然時代劇の大作を制作するなど迷走をはじめる。80年代に「元気がでるTV」のようなバラエティに出演した松方弘樹はそういった時代の空気の変化を彼なりに感じていたのではないだろうか。

この映画の製作中のトラブルは、映画の製作をやめよ、という天の声だったのかもしれない。しかし、東映は制作を強行し、結果的に制作後、決定的な悲劇が起きてしまった。そして映画そのものも駄作とはいえないが、微妙な完成度になっている。

関係者のほとんどが鬼籍に入っているが、今となっては脚本家高田宏治の書いた台詞のように「笑うてるよりほかないやろ」ということかもしれないが。