「おしどり右京捕物車」という時代劇について 2

1974年という時代

 最終話では世直し党という義賊が登場し、江戸の民衆の間で絶大な支持を得る。しかし、この世直し党の実態が単なる火付け盗賊の類であった。

 この世直し党が、放送当時に世間を騒がせていた左翼テロ集団を指していると思われる。この最終話の脚本を書いた佐々木守は、日本共産党に入党した時期もあり、日本赤軍の支持も表明していた。それどころかこのドラマの放送されていた1974年には重森房子の書いた「わが愛と革命」の構成を担当していたことでも知られている人物である。現在、日本共産党の入党暦や日本赤軍への支持などというと驚くかもしれないが、この当時の脚本家、映画監督、小説家などでは特に珍しくはなかった。ただ、この最終話を観た限り、この時期には佐々木守もそういったイデオロギーに対してある程度冷静な距離感を持っていたようである。この最終話が放送される一月程前には三菱重工爆破事件が起こっており、安保闘争の敗北やあさま山荘事件なども含めて、ある程度は残っていた一般大衆の左翼団体に対する共感も完全に冷めていた。

正邪の逆転

 世直し党は自分たちに元与力がいる、というデマを流す。世直し党を捕まえてみると、実際にはそのような元与力はいなかったのだが、民衆は奉行所に押しかけ、元与力を出すよう連日騒ぎを起こすようになった。困った奉行所は威信を保つために右京をスケープゴートにする石を固める。当然この申し出を断る右京だが、元同僚の秋山や妻・はなの必死の懇願でやむなく世直し党の一味として、文字通り石もて追われるように江戸を去ることになるのである。

 正直、第1話から観てきた者としては、ため息がでるような結末であった。なにしろドラマの途中では、不自由な体となり奉行所を追われながらも悪党を退治する元与力として、江戸の庶民に大きな尊敬を集めていた、という設定になっていたからである。

 最終話で正義が逆転する、あるいは相対化されてしまうというドラマは1970年代にいくつかあった。印象的なものでは、時代劇ではなくアニメーションになってしまうが「海のトリトン」や「ザンボット3」(ともに富野喜幸=現・富野由悠季)のちゃぶ台をひっくり返すような最終話などである。しかし、これらの作品は、あくまで主人公の主観の中で(それは視聴者の主観でもある)いわゆるパラダイムシフトが起きているのであって、この「おしどり右京捕物車」の神谷右京にとって一切、正邪の逆転は起きていない。ただ世間の評価が完全にひっくり返ったため、それまでの右京の苦闘はいわば社会的に否定されてしまったのである。

 第1話で既に人生のかなりの部分を失った上、社会的な評価さえも失ってしまった右京とその妻・はな、失ったものと引き換えに何を得たのだろうか。あまりにも大きなものを失った二人が得たものは、失ったものに匹敵する大きく絶対的なものでなければならないはずだ。最終話のラストシーンで二人が交わす会話は、なにもかも失ったからこそ得られた絶対的なものと言えるかもしれない。しかし、それが二人が失った、あまりにも大きなものに比べて果たして釣り合っているといえるかどうか…。これほど主人公を厳しく追い込んだ時代劇を少なくとも私は知らない。しかし、脚本の佐々木守も含めて作り手たちは、その判断を観る者に委ねたのだろう。特異な設定とそこから生まれた独特の殺陣、そして意味深長なラストシーンによって、この時代劇はいつまでも心に残る作品となった。