ブログの一時休止について

更新が遅れて申し訳ありません。

仕事の異動などで落ち着いて文章を書くことができないため、

とりあえず今月はブログを休止させていただきます。

引っ越しや各種手続きが終わり、落ち着いたところで再開しようと考えています。

「笑うてるよりほかないやろ」

映画「北陸代理戦争」を観た。

1977年公開の深作欣二監督作品だが、この作品が深作欣二による実録やくざ映画の最後の作品であり、制作の過程で様々なトラブルがあったことでも有名である。

なにしろ主人公のモデルが公開直後に射殺されたのだから、トラブルというより事件といったほうがいい映画である。この映画の周辺事情は、伊藤彰彦による「映画の奈落」で詳しく知ることができる。

この「映画の奈落」でもこの映画の制作状況が触れられているが、近年のVシネマ以上に突貫工事で制作されたこの映画は、やはり歴史に残る傑作とは言い難い。

特にラストの北陸のやくざと関西のやくざをペテンにかける状況に無理があり、雪上の残酷ショーも、チンピラヤクザ(若き日の小林稔待ら)が虫けらのように殺されるので後味が悪いだけである。ただ中盤、主人公が喫茶店で襲撃され瀕死の重傷を負うシーンは迫力があり、さすが深作欣二といったところだが、やはり全体としては様々な点で破綻した作品であることは間違いない。

この作品の面白さは、作品そのもの以上に、関わった製作者やモデルとなった北陸のヤクザたちなど多くの人の運命を変えた点にあると思う。

残念ながら撮影中の大怪我で出演できなかった渡瀬恒彦は、その後、松本清張作品などで評価され、狂犬俳優から卒業し、晩年はお茶の間に親しまれる俳優となったのはご存じのとおりだが、主演の松方弘樹も、東映がこの作品をきっかけにヤクザ映画から事実上撤退したため、時代劇映画やテレビに活路を求める。監督の深作欣二も時代劇や「蒲田行進曲」のような人情喜劇で成功を収めるのだから、関わった多くの人たちにとって、図らずも大きな分岐点になった作品であるといえる。

この作品の脚本家であり、80年代には「鬼龍院花子の生涯」「極道の妻たち」で大成功をおさめた高田宏治や組長を射殺された川内組組員のその後は、「映画の奈落」に詳しい。やはり、多くの人の運命を変えた作品だったようだ。

1977年という時代はすでに80年代的な空気がはじまっており、東映的マッチョイズムが時代に合わなくなっていた時代だった。その後、東映スターウォーズに便乗してSF映画をつくったり、突然時代劇の大作を制作するなど迷走をはじめる。80年代に「元気がでるTV」のようなバラエティに出演した松方弘樹はそういった時代の空気の変化を彼なりに感じていたのではないだろうか。

この映画の製作中のトラブルは、映画の製作をやめよ、という天の声だったのかもしれない。しかし、東映は制作を強行し、結果的に制作後、決定的な悲劇が起きてしまった。そして映画そのものも駄作とはいえないが、微妙な完成度になっている。

関係者のほとんどが鬼籍に入っているが、今となっては脚本家高田宏治の書いた台詞のように「笑うてるよりほかないやろ」ということかもしれないが。

「無銭飲食だけは、ききゃあせんど」

映画「県警対組織暴力」を観た。

ビデオで観た頃も含めると、何度目の鑑賞になるかわからない。観れば観るほどよくできた映画だと思う。(笠原和夫による脚本は特に)

監督は、この時期(1972年の「人斬り与太」シリーズから1976年の「やくざの墓場」あたりまで)神がかっていたとしか言いようがない深作欣二

※深作はこの間にテレビでも「必殺仕掛人」「傷だらけの天使」「影同心」などで印象深いエプソードも撮っていたのだから、この当時は超人的な仕事量である。

監督も油がのっていたが、俳優も主演の菅原文太から松方弘樹金子信雄、梅宮辰夫、川谷拓三など絶好調という感じである。

後に三代目水戸黄門となる佐野浅夫などがスパイスとして実によく効いていたのだな、と今回の鑑賞で改めて感じた。

食うという行為が実は隠れたテーマとなっており、序盤の屋台のシーンや松方弘樹が茶漬けを食うシーン、「米櫃荒らされて…」「闇米食ろうて…」といったセリフなど映画全

体の通奏低音となっていることがわかる。その序盤のコミカルなやりとりが実は伏線となっており、後半に意外な形で回収されるという笠原和夫の脚本は、さすが本人自身が

この映画は傑作、と自信を持って言っているだけのことはある。

仁義なき戦い」シリースもそうだが、深作欣二笠原和夫のコンビは肉体のアクションと言葉のアクションが混然一体となった魅力がある。

この映画での言葉のやり取りの生み出す生理的快感は、他の監督と脚本家のコンビでは再現できないものではないだろうか。

しかし、渡瀬恒彦の死を聞いたときも感じたが、この作品に出演した名優たちも、ほとんどが故人となった。

監督の深作も脚本の笠原もこの世にはいない。

現在の作り手たちに、このような作品が生み出せるのだろうか。

ブログ更新の休止について

多忙につき、今週もブログ更新を休ませていただきます。

申し訳ありません。

無冠の男

伊藤彰彦著「無冠の男 松方弘樹伝」を読んだ。

伊藤彰彦の本は以前に「映画の奈落 北陸代理戦争事件」を読んできたので期待値は高かったが、期待通りの内容だった。

この本でも書かれている通り、日本映画が絶頂期だった1950年代末を過ぎた1960年に映画デビューした松方弘樹は映画が華やかな時代の幻想を追いかけ続けた人生だった、といえる。さまざまなメディアの終焉を看取る形になったのは映画全盛期に「遅れてきた青年」であった松方の宿命だったのだろう。

タイトルに「無冠」とあるように俳優として、その演技が評価されることはなかったが、実録物のヤクザ映画での松方弘樹はもっと評価されてもいいのではと思う。

(個人的には最近、「県警対組織暴力」をDVDで観て、改めて松方弘樹菅原文太の芝居に感銘を受けた。もちろん深作欣二の演出もあるだろうが)

また晩年、「十三人の刺客」に出演した当時のことに触れ、「役所広司でさえ刀が走っていない」と殺陣のできる役者が絶滅しつつあることを指摘していたあたりは、若手俳優はともかくベテランの役所広司クラスはある程度殺陣ができているだろう、と思っていたので読んでいてもショックだった。松方弘樹は時代劇というメディアでも、その終焉を看取る形になったのだろうか。

それにしても、松方弘樹といいい、渡瀬恒彦といい、あれ程血気盛んだった「仁義なき戦い」の出演者たちが次々に鬼籍に入るのをみていると、さすがに年月の速さを感じる。2017年現在、主要キャストで生き残っているのは、小林旭千葉真一北大路欣也ぐらいだろうか。寂しいことだ。

ふたたびブログ更新の休止について

多忙につき、今週もブログ更新を休ませていただきました。

申し訳ありません。

ブログ更新の休止について

多忙につき、今週のブログ更新を休ませていただきました。

申し訳ありません。